宇宙の再電離:暗黒時代の終わりと初期宇宙構造形成の探求
宇宙の再電離とは:宇宙史における重要な転換点
宇宙論における最も重要な問いの一つは、私たちが暮らすこの宇宙がどのようにして現在の姿になったのか、ということです。ビッグバンから始まり、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)として観測される時代の後、宇宙は一時的に「暗黒時代」と呼ばれる期間を迎えていました。この時期、宇宙は主に中性の水素ガスとヘリウムガスで満たされており、まだ恒星や銀河のような明るい天体は誕生していませんでした。
しかし、現在私たちが観測できる宇宙は、ほとんどの水素が電離したプラズマ状態にあります。この中性から電離への移行プロセスを「宇宙の再電離」(Epoch of Reionization, EoR)と呼びます。宇宙の再電離は、宇宙史においてビッグバン元素合成、CMBの放出(再結合)に続く、極めて重要な段階です。この時代に最初の恒星や銀河が誕生し、そこから放たれた紫外線などの高エネルギー光子が、宇宙を満たす中性ガスを再び電離していったと考えられています。
再電離は、宇宙の晴れ上がり後約40万年で中性化が進んでから始まり、現在の宇宙に至るまでの数億年間で徐々に進行したと推定されています。このプロセスは、その後の宇宙の大規模構造形成にも大きな影響を与えたと考えられており、宇宙論研究における重要な未解決問題の一つとなっています。
暗黒時代の宇宙:中性ガスの世界
宇宙の再電離が始まる前、すなわちCMBが放出された「再結合」期(ビッグバン後約38万年、赤方偏移約1100)の後、宇宙は電子と原子核が結合して中性の原子(主に水素とヘリウム)を形成しました。光子はこの中性ガスとほとんど相互作用しなくなり、CMBとして自由に空間を伝播できるようになりました。これが宇宙の「晴れ上がり」です。
この時期から最初の恒星や銀河が誕生するまでの数億年間は、宇宙は恒星の光に照らされることなく、文字通り暗黒の時代でした。宇宙はほぼ一様な中性ガスに満たされており、わずかな密度ゆらぎが存在するだけでした。これらのゆらぎはやがて重力によって成長し、宇宙の網の目状の大規模構造の種となります。最初の恒星や銀河は、この密度が高くなった領域で誕生したと考えられています。
再電離のエネルギー源:誰が宇宙を再加熱したのか
宇宙を満たす中性ガスを電離するためには、原子のイオン化エネルギーを超えるエネルギーを持つ光子が必要です。水素の場合、ライマン限界(約13.6 eV)を超えるエネルギー、すなわち紫外線の光子が必要です。この電離光子を供給した天体が何であったのかは、再電離研究における主要なテーマです。
いくつかの有力な候補が考えられています。
- 初代星(Population III stars): 宇宙に最初に誕生した恒星です。ヘリウムより重い元素(金属)をほとんど含まない原始的なガスから形成されたと考えられており、現在の恒星よりもはるかに大質量で高温、短寿命であったと予測されています。これらの初代星は、強い紫外線を大量に放出した可能性があります。しかし、初代星そのものを直接観測することは極めて困難であり、その存在や性質はまだ仮説の段階です。
- 初代銀河(Primeval galaxies): 初代星が集まって形成された初期の小さな銀河です。これらの銀河に含まれる多数の恒星からの紫外線の総和が、再電離の主要な原因となった可能性が高いと考えられています。特に、小さな銀河は重力が弱いため、内部で生成された電離光子が銀河の外に脱出しやすい(光子脱出率が高い)という性質を持つ可能性があり、これは再電離を効率的に進める上で重要となります。
- ミニクエーサー: 宇宙初期に形成された活動銀河核、すなわち中心に巨大ブラックホールを持つ初期の銀河です。ブラックホールへのガス降着に伴って放出される強力なX線は、周囲の中性ガスを電離するだけでなく、その電離を促進する役割も果たし得ます。ただし、宇宙初期にこのような活動的な天体がどれだけ存在したのかは、まだよくわかっていません。
現在の多くの観測的証拠は、主に初期の銀河が再電離の主要な駆動力であったことを示唆していますが、初代星やミニクエーサーが再電離のごく初期段階や特定の領域に寄与した可能性も排除されていません。
再電離の観測的証拠:遠い宇宙からのメッセージ
宇宙の再電離は、極めて遠方で起こった現象であり、その観測は容易ではありません。再電離時代の光は、宇宙膨張によって大きく引き伸ばされ、波長が長くなります(赤方偏移が大きい)。再電離が起こったのは、赤方偏移で言うとz≈6からz≈10程度の時代と考えられています。光はるか彼方から届く光を解析することで、私たちは再電離の痕跡を探ります。
再電離の観測には、いくつかの主要な手法があります。
- 宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の偏光: CMB光子は、再電離によって生成された自由電子によって散乱される際に偏光します。この偏乱の度合い(オプティカルデプス)を測定することで、宇宙が再電離状態にあった期間の長さを推定できます。Planck衛星などの高精度なCMB観測は、再電離が赤方偏移z≈8付近で始まり、z≈7〜6付近で急速に進んだことを示唆しています。
- 遠方クエーサーや銀河のスペクトル: 再電離時代の終わり頃に存在した非常に遠方のクエーサーや銀河のスペクトルを観測することで、その光が地球に届くまでに通過した宇宙空間にどれだけ中性水素が存在していたかを知ることができます。中性水素は、光子のエネルギーが水素のライマンアルファ遷移のエネルギーに相当する波長(静止系で約121.6nm)にあるとき、その光子を強く吸収します。宇宙膨張によってこの吸収波長が長くなるため、遠方天体のスペクトルでは、元のライマンアルファ波長より長波長側に中性水素による吸収線が多数現れます。これを「ライマンアルファの森」(Lyman-alpha forest)と呼びます。再電離が完了していない時代では、宇宙空間に多量の中性水素が存在するため、ライマンアルファの森は非常に濃密になり、最終的には「ガンショータンジェント」(Gunn-Peterson trough)と呼ばれる、ある波長より短波長側の光が完全に吸収されてしまう現象として現れます。高赤方偏移(z>6)のクエーサーや銀河のスペクトル観測は、再電離が赤方偏移z≈6前後でほぼ完了したことを強く示唆しています。
- 初期銀河のライマンアルファ輝線: 再電離が進行中の領域では、銀河から放出されたライマンアルファ輝線(中性水素原子の再結合によって生じる)は、周囲の中性水素ガスによって散乱または吸収されてしまいます。そのため、再電離が完全に終了していない時代に存在する銀河は、再電離が進んだ領域にある銀河と比較して、ライマンアルファ輝線が弱く見えたり、全く見えなかったりします。初期宇宙の銀河でライマンアルファ輝線が見える割合(ライマンアルファ放出体フラクション)は、再電離の進行状況を測る良い指標となります。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)による最新の観測は、これまで考えられていたよりも高赤方偏移の宇宙に多くの明るい銀河が存在すること、そしてそれらの銀河が再電離に大きく貢献した可能性を示唆しており、再電離の理解を大きく進展させています。
- 中性水素21cm線: 中性水素原子は、その基底状態において電子と陽子のスピンの向きによってエネルギー準位がわずかに異なります。スピンの向きが平行な状態から反平行な状態へ遷移する際に、波長21cm(周波数1420MHz)の電波を放出または吸収します。この21cm線は、宇宙の再電離時代に存在した中性水素ガスの分布を直接的に探るための最も有望な手段と考えられています。再電離が進行すると、電離された領域(「電離バブル」)が広がり、21cm線を放出する中性水素が減少するため、21cm線の信号は弱まります。この信号を捉えることができれば、再電離がいつ、どこで、どのように進行したのか、その三次元的な構造を詳細に描き出すことが可能になります。しかし、21cm線は宇宙膨張によって非常に長い波長(メートル波帯)に引き伸ばされるため、地球からの観測では地上の電波干渉や銀河系の放射(前景放射)に埋もれてしまい、その検出は極めて困難です。LOFARやSKAのような次世代の電波望遠鏡は、この困難な観測に挑んでいます。
未解決の謎と今後の展望
宇宙の再電離に関する研究は大きく進展していますが、依然として多くの未解決問題が残されています。
- 電離源の特定: 再電離の主要な動力源は、本当に光子脱出率の高い小さな初期銀河だったのでしょうか。あるいは、予期しない他の天体(例えば、ダークマターの崩壊生成物など)が寄与した可能性はあるのでしょうか。
- 再電離の進行パターン: 再電離は宇宙全体で比較的均一に進んだのでしょうか、それとも特定の領域で集中的に進行したのでしょうか。観測データは不均一性を示唆していますが、そのスケールや進行メカニズムの詳細はまだ不明です。電離バブルはどのような大きさで、どのように成長したのでしょうか。
- 再電離の完了時期の整合性: CMB観測から示唆される再電離の始まりと比較的高赤方偏移からのクエーサー観測から示唆される再電離の完了時期の間には、まだ完全に一致しない点があります。
- 初期宇宙の物質分布と再電離: 再電離は、宇宙の初期の物質分布(密度ゆらぎ)とどのように関連しているのでしょうか。密度が高く構造形成が進んだ領域から再電離が始まったのでしょうか。
- ヘリウムの再電離: 宇宙には水素だけでなくヘリウムも存在します。ヘリウムの再電離は水素の再電離よりも後に、二段階(He IからHe II、He IIからHe III)で起こったと考えられています。このヘリウム再電離の歴史は水素再電離とどのように関連しているのでしょうか。
JWSTのような高性能な宇宙望遠鏡は、再電離時代の初期銀河やクエーサーをこれまでになく詳細に観測することを可能にし、再電離の主要な駆動力に関する理解を深めています。特に、遠方銀河の光度関数や分光観測から得られる知見は、再電離源の性質を探る上で非常に重要です。
また、SKA(Square Kilometre Array)などの次世代電波望遠鏡による中性水素21cm線の観測が実現すれば、再電離時代の三次元的な構造を直接的にマッピングすることが可能になり、再電離がどのように進行したのか、そのパターンの解明に大きく貢献すると期待されています。
宇宙の再電離の研究は、宇宙最初の恒星や銀河がどのように誕生し、宇宙の進化をどのように方向づけたのかを理解するための鍵となります。これは、私たちが現在の宇宙で観測する大規模構造や銀河の多様性が、初期宇宙の出来事に深く根ざしていることを示しています。再電離の謎を解き明かすことは、宇宙全体の歴史を理解する上で不可欠なステップと言えるでしょう。