深淵なる宇宙へ

初期宇宙の遺物:宇宙論的位相欠陥(モノポール、宇宙ひも、ドメインウォール)を探る

Tags: 位相欠陥, 初期宇宙, 素粒子物理学, 宇宙論, 未解決問題

宇宙論における最もエキサイティングな領域の一つは、宇宙誕生直後の極めて高温・高密度な状態、すなわち初期宇宙の物理を探求することです。この時代には、現在の宇宙とは全く異なる物理法則が支配していた可能性があり、その名残が現在の宇宙構造や素粒子の性質を決定づけていると考えられています。初期宇宙の物理を考える上で、素粒子物理学の大統一理論(GUT)やそれ以降の理論が予言する可能性のある現象の一つに、「宇宙論的位相欠陥」があります。これらは、宇宙が冷えて相転移を起こす際に形成されると考えられている構造的な欠陥であり、現在の宇宙ではほとんど観測されていないものの、その存在が確認されれば、初期宇宙や高エネルギー物理学に関する重要な情報をもたらすと考えられています。

宇宙論的位相欠陥とは何か

宇宙論的位相欠陥とは、宇宙が冷却する過程で起こる相転移、特に基本的な対称性が破れる際に生成される、時空構造や場の特別な配置のことです。物質が相転移(例えば、水が凍って氷になる)を起こす際に、異なる相の領域の間に境界や特異点が生まれるように、初期宇宙における素粒子の場が相転移を起こす際にも、このような欠陥が形成されると理論的に予測されています。

これは、コブラー・キブル機構(Kibble mechanism)として知られる考え方に基づいています。宇宙が相転移温度を通過する際、空間の異なる領域は因果律的に互いに独立して(光速を超えて情報をやり取りできないため)相転移を完了させます。この独立した領域が再び繋がり合う際に、位相のずれが生じ、そのずれが解消されずに残ったものが位相欠陥として実体化するのです。

位相欠陥の種類は、破れる対称性の性質や次元によって分類されます。主な種類として、点状のモノポール(磁気単極子)、線状の宇宙ひも、面状のドメインウォールなどが予言されています。

主な位相欠陥の種類とその特徴

モノポール(磁気単極子)

モノポールは、三次元空間における零次元の点欠陥です。最も有名な例は、電磁気学における磁荷を持つ粒子、すなわち磁気単極子としての大統一理論モノポールです。電磁気学では電荷を持つ粒子(電子や陽子)は存在しますが、磁荷を持つ粒子(N極やS極だけを持つ粒子)は通常存在しないとされています。しかし、一部の大統一理論では、宇宙がGUT相転移温度(約10^16 GeV)を通過する際に、非常に重い磁気単極子が生成されると予言されます。

理論によれば、この相転移は必然的にモノポールを大量に生成するとされます。その数は、現在の宇宙の質量・エネルギー密度を支配するほど多くなる可能性があり、これは観測されている宇宙の性質と大きく矛盾します。この「モノポール問題」は、初期宇宙インフレーション理論が提唱される主要な動機の一つとなりました。インフレーションによって宇宙が指数関数的に膨張すると、相転移後に生成されたモノポールは希釈され、現在の宇宙ではほとんど検出されないレベルにまで密度が低下すると考えられています。

宇宙ひも(Cosmic strings)

宇宙ひもは、三次元空間における一次元の線欠陥です。これもまた、初期宇宙での対称性の破れによって生じると考えられています。宇宙ひもは非常に細く(理論的には陽子の直径よりもはるかに小さい)、しかし非常に重い構造体です。その線密度(単位長さあたりの質量)は非常に高く、典型的なモデルではプランクスケールに近いエネルギー密度を持つとされます。

宇宙ひもが存在すると、その周囲の時空は特殊な歪みを持つことになります。具体的には、宇宙ひもの周囲の空間は平坦ですが、角度に deficit angle と呼ばれる「不足」が生じます。これは、宇宙ひもに沿って一周すると、360度よりもわずかに小さい角度になることを意味します。この時空の歪みは、背景の光(例えばクエーサーからの光や宇宙マイクロ波背景放射)を重力レンズ効果によって二重像にしたり、特徴的なパターンを生成したりする可能性があります。また、宇宙ひもが振動したり交差したりする際には、重力波を放出すると考えられており、将来の重力波望遠鏡(例: LISA)による検出が期待されています。

ドメインウォール(Domain walls)

ドメインウォールは、三次元空間における二次元の面欠陥です。これは、離散的な対称性(例えば、場がある値をとるか、その負の値をとるか、といった選択肢がある場合)が破れる際に生成されると考えられています。空間が異なる「真空状態」に分かれ、その境界がドメインウォールとして現れます。

ドメインウォールは、モノポールや宇宙ひもよりも宇宙論的に深刻な問題を引き起こす可能性があります。なぜなら、ドメインウォールが形成されると、その表面密度は非常に高くなり、宇宙全体に広がったドメインウォール網が現在の宇宙の質量・エネルギー密度をすぐに支配してしまい、宇宙の膨張を妨げてしまうからです。これは、観測されている宇宙の等方性や膨張率と全く矛盾します。このため、もし初期宇宙で離散的な対称性が破れたとしても、その後の宇宙進化の過程でドメインウォールが効率的に消滅するようなメカニズムが必要であるか、あるいは最初からドメインウォールを生成しないような理論である必要があります。インフレーション理論は、ドメインウォールが形成される前に空間を指数関数的に膨張させることで、観測可能な宇宙からドメインウォールを押し出す役割も果たすと考えられています。

観測的探査の現状と課題

宇宙論的位相欠陥は、現代宇宙論の標準モデルであるΛCDMモデルの直接的な要素ではありませんが、その存在は初期宇宙の相転移や素粒子物理学の検証に繋がるため、精力的に探査が行われています。

モノポールについては、様々な実験によって検出が試みられてきましたが、現在までに明確な証拠は得られていません。これは、予言されるモノポールが非常に重いこと、そしてインフレーションによってその数が極めて少なく希釈されたことと一致します。現在のところ、観測によるモノポールの存在量の上限は、理論が予言する値よりもはるかに厳しく、インフレーション理論を強く支持する結果となっています。

宇宙ひもについては、その重力効果による観測が試みられています。例えば、背景の銀河やクエーサーの重力レンズ効果による特徴的な二重像を探す試みや、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の温度ゆらぎや偏光パターンに宇宙ひもが残した可能性のある痕跡を探す研究が進められています。初期の宇宙ひもモデルはCMBのゆらぎの主要な起源として提案されましたが、その後の精密な観測(例: WMAPやPlanck衛星)は、CMBゆらぎの主要な起源がインフレーションによって生成された原始の密度ゆらぎであることを強く支持しています。しかし、宇宙ひもがCMBに微弱な非ガウス性のシグナルを残す可能性は依然として議論されており、今後の詳細なデータ分析によって更なる情報が得られるかもしれません。

最も期待されているのは、宇宙ひもからの重力波の検出です。宇宙ひもが振動したり交差したりする際に放出される重力波は、非常に高い周波数から低い周波数まで広範囲にわたると考えられています。地上の重力波望遠鏡(例: LIGO/Virgo)や将来の宇宙重力波望遠鏡(例: LISA)、さらにはパルサータイミングアレイ(PTA)実験などが、宇宙ひも起源の重力波を検出できる可能性があります。特にPTA実験(例: NANOGrav、EPTA、PPTA、共同での IPTA)は、ナノヘルツ帯の重力波を探査しており、近年報告されている共通スペクトルノイズの検出が、宇宙ひも網からの背景重力波である可能性も議論されていますが、超大質量ブラックホールの合体による背景重力波である可能性の方が高いとされています。今後の更なるデータ蓄積と分析が待たれます。

ドメインウォールについては、その宇宙論的な問題から、もし存在したとしても、観測可能な宇宙の範囲では存在しないか、あるいは極めて低いエネルギー密度を持つように何らかのメカニズムで抑制されていると考えられています。非常に薄いドメインウォールがCMBに特定の線状パターンを残す可能性も示唆されていますが、これまでの観測では検出されていません。

未解決問題と理論的意義

宇宙論的位相欠陥は、依然としてその存在が確認されていない未知の対象です。未解決の主要な問題は以下の通りです。

宇宙論的位相欠陥の探求は、単に珍しい天体を探すということにとどまりません。それは、宇宙が誕生した直後の極限的な環境における物理法則、特に素粒子物理学と宇宙論が交錯するフロンティアを探求することです。モノポール問題がインフレーション理論の発展を促したように、位相欠陥に関する理論と観測の進展は、今後の宇宙論や素粒子物理学に新たな洞察をもたらす可能性があります。重力波天文学の進展や、CMB、大規模構造の詳細な観測によって、初期宇宙の遺物である位相欠陥の痕跡が捉えられる日が来るかもしれません。